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東京地方裁判所 平成4年(ワ)6589号 判決

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

理由

第一  請求

(主位的請求)

被告は、原告に対し、金八八七五万八八六七円及びこれに対する平成四年四月三日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

(予備的請求)

被告は、原告に対し、金八八七五万八八六七円及びこれに対する平成四年四月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告が、一億円の銀行借入金ないし投資信託の解約金を原資として被告との間で株式の信用取引その他の証券取引を行うに際し、被告の担当者が当初元本及び借入金利相当分以上の利益を保証する旨約したなどと主張して、被告に対し、主位的に、右約定に基づき、予備的に、担当者の不当勧誘等を原因とする民法七一五条の不法行為責任に基づき、右借入金の残元利相当額の支払を求めている事案である。

一  争いのない事実及び証拠上容易に認定し得る事実(括弧内掲記の証拠による)

1  原告は、乙山石油株式会社(以下「乙山石油」という。)及び丙川自動車株式会社(以下「丙川自動車」という。)の各代表取締役をしているところ、有価証券の売買、売買等の仲介、取次及び代理等を目的とする被告(銀座支店扱い、以下、被告銀座支店を「被告支店」という。)との間で、昭和五七年ころから昭和六一年ころまでの間、原告名義及び乙山石油名義により株式の信用取引その他の証券取引を行つた《証拠略》。

2  平成二年九月一二日、原告は、被告支店の従業員である牛木昌彦(当時は主任、平成三年四月課長代理、同年五月営業第二課長に就任、以下「牛木」という。)の勧誘により、投資信託受益証券インデックスファンド二二五(以下「インデックスファンド」という。)一六三〇〇万口(基準価格五九七七円)を代金九九四三万二〇五七円で買い付け(《証拠略》)、平成二年九月一七日、第一勧業銀行銀座支店(以下「第一勧銀」という。)から一億円を借り受け、これを被告に送金して右インデックスファンドの受渡をし、次いで、同月一九日、インデックスファンド九〇万口(基準価格五六五四円)を代金五一万九三四二円で買い付けた《証拠略》。

3  原告は、平成二年九月二〇日、被告との間で、再び株式の信用取引を開始し《証拠略》、同年一〇月三一日、前記インデックスファンド九〇万口(基準価格五九九九円)を代金五三万九九一〇円で売却して利益を挙げたが、その後、元本割れを生じた。そこで、同年一一月一三日、前記インデックスファンド一六三〇〇万口を解約し(《証拠略》)、右解約金等を原資として、株式の信用取引、株価指数オプション取引、店頭取引、ワラント取引及び外国証券取引を継続したが(《証拠略》)、株式市況の悪化により、平成三年五月ころには当初元本の半分程度にまで割り込み、その後一向に回復しないため、平成四年三月三〇日、被告に手仕舞を指示し、決済日の同年四月二日までの間に預託株券等を一一七一万五三五三円で売却した(《証拠略》)。

4  被告は、原告の前記借入金の利息相当分として、平成二年一〇月三一日の一〇〇万円を始めとして、その後も不規則ながら第一勧銀の原告の預金口座に送金した(《証拠略》)。

二  原告の主張

1  主位的請求について

(一) 原告は、平成二年九月、第一勧銀から一億円を借り受け、インデックスファンドを買い付けた際、被告支店の従業員である牛木との間で、右借入期間を一〇日として、当初元本一億円及び購入原資である右借入金の利息相当分以上の利益を被告において保証する旨の合意(以下「本件約定」という。)をし、さらに、借入金利を被告が支払うこととして右借入期間を延長し、同年一〇月、右インデックスファンドを解約して右解約金等の運用を図ることとなつた際にも、被告との間で本件約定を確認した上、被告が株式等の売買の種別、銘柄、数及び価格につき原告から個別に指示を得ることなく原告の計算において取引を行うことができる旨の売買一任勘定取引約定(以下「本件一任取引約定」という。)を締結した。

(二) 被告は、本件一任取引約定に基づき、原告のために株式の信用取引等を繰り返したが、前記のとおり元本割れを生じて手仕舞を余儀なくされた結果、原告は、(1) 元金一億円から前記預託株券等の売却代金一一七一万五三五三円及び被告の内入弁済額一〇万円を控除した八八一八万四六四七円、(2) 借入残元金九九九〇万円に対する平成四年三月一日から決済日である同年四月二日まで年六・三七五パーセントの割合による借入利息相当額五七万四二二〇円、(3) 右(1)及び(2)の合計八八七五万八八六七円に対する同年四月三日から支払済みまで商事法定利率の年六分の割合による遅延損害金の損失を被つた。

(三) したがつて、原告は、被告に対し、本件約定に基づき、右(二)の(1)ないし(3)の金員の支払を求める。なお、平成三年法律第九六号による改正前の証券取引法(以下「旧法」という。)の下においては、利益ないし損失保証契約は私法上有効と解されていたから、損失補てんを禁じた右改正法の施行日(平成四年一月一日)前に締結された本件約定の履行を求めることは、法律不遡及の原則に徴しても、現行証券取引法(以下「法」という。)五〇条の三第一、二項の規定に抵触しない。仮に、右条項に該当するとしても、牛木の勧誘行為が「法令に違反する行為」に当たることは、後記2の(一)(1)のとおりであり、本件約定は法五〇条の三第三項、証券会社の健全性の準則等に関する省令(昭和四〇年大蔵省令第六〇号、以下「省令」という。)三条五号にいう「事故による損失の補てん」のためにされたものであるから、その履行請求は妨げられない。

2  予備的請求について

(一) 被告は、顧客保護のため免許制を採る法の下、大蔵大臣の免許を受けた事業者であつて、その使用人は、法及び省令のほか、財団法人日本証券業協会規則である「店頭における株式の売買その他の取引に関する規則」(公正慣習規則第一号、以下「規則一号」という。)、「協会員の投資勧誘、顧客管理等に関する規則」(公正慣習規則第九号、以下「規則九号」という。)及び「外国証券の取引に関する規則」(公正慣習規則第四号、以下「規則四号」という。)等を遵守し、顧客とりわけ一般大衆の投資判断を惑わすような不当勧誘行為を回避すべき注意義務を負つているところ、牛木は、被告の被用者として、その事業の執行につき、原告に対し、以下のとおり、不法行為に当たる違法な一連の義務違反行為を行い、これに基づく取引により前記2の(1)及び(2)の損害を被らせた。

(1) (不当勧誘の禁止違反) 証券会社又はその使用人は、断定的判断の提供による勧誘(法五〇条一項一、二号)、損失負担約束による勧誘(旧法五〇条一項三、四号)、特別の利益の提供を約しての勧誘(法五〇条一項六号、旧法五〇条一項五号、省令二条二号、平成三年大蔵省令第五五号による改正前の省令一条二号)をすることを禁止されているが、牛木は、インデックスファンドの売付けに際し、利益ないし損失保証契約に当たる本件約定をもつて勧誘したほか、「絶対値上り間違いない」「一週間を目処にしてもらえば利益を出す」「被告会社全体でフォローするので迷惑を掛けるようなことは絶対ない」と必ず利益が得られるかのような断定的判断を提供し、かつ、「新規公開株や新規発行の転換社債を割り当ててフォローする」と特別の利益の提供を約して勧誘した。さらに、牛木は、一任取引へ移行する際にも、本件約定をもつて取引を継続させた。

(2) (大量推奨販売の禁止違反) 証券会社が、顧客に対し、特定銘柄の有価証券を大量に推奨販売することは禁止されているが(法五〇条一項五号、規則九号八条)、牛木は、インデックスファンドをキャンペーン銘柄と称して大量に推奨販売した。

(3) (説明義務違反) 信用取引及びワラント取引の開始に当たつては、顧客に取引内容を十分に説明し、説明書を交付することを要し(規則九号六条)、店頭取引及び外国証券取引の開始に当たつても説明義務と確認書の徴求義務があり(規則一号三八条、規則四号三条)、投資信託取引に際しても受益証券説明書の交付義務があるが(投資信託法二〇条の二第一項、同規則一一条一、二項)、牛木は、インデックスファンドの勧誘に際し、取引内容等を十分に説明せず、受益証券説明書も交付せず、また、信用取引等を開始するに当たつて、取引内容について一切説明せず、説明書等も交付していない。

(4) (一任取引の制限違反) 平成二年一一月当時、売買一任勘定取引は、顧客の強い要請によりやむを得ず特別に行う場合で、所定の手続を遵守したときに限り、許容されていたが(昭和三九年二月七日付け大蔵省通達)、牛木は、右いずれの要件も充足しないのに、本件一任取引約定を締結させた。

(5) (過当売買等の禁止違反) 証券会社が、投資者の能力、資金の性格等を無視して有価証券の売買を勧誘したり、短期間に他の有価証券への乗替えを行わせることは禁止され(昭和四九年一二月二日付け大蔵省通達)、顧客に対して、誠実かつ公正に義務を遂行し(いわゆる誠実公正義務)、かつ、その意向、投資経験及び資力等に最も適した投資がされるよう配慮すべき義務(いわゆる適合性の原則)を負つているのに、牛木は、原告が銀行借入金を原資として取引を開始したことを熟知しながら、手数料稼ぎを目的として、リスクの極めて高い信用取引等を勧誘し、原告の利益を一切無視して短期間に各種取引を多数回にわたつて繰り返した。

(二) よつて、原告は、被告に対し、民法七一五条一項に基づき、右損害合計八八七五万八八六七円及びこれに対する不法行為の日の後である平成四年四月三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  被告の主張

1  主位的請求について

(一) 被告が、原告との間で本件約定及び本件一任取引約定を合意したことはない。牛木は、平成二年九月初め、イラクのクウェート侵攻に伴い、日経平均株価が大きく下落した際、当時の市況から株価の反発が期待できるとの判断に立ち、原告に対し、その旨説明してインデックスファンドの買付けを勧誘したものであつて、原告が主張するような利益ないし損失保証が許されないことは、当時においても周知の事実であり、被告社内でも厳しく禁じられていたし、営業社員が顧客に対してかかる約束を行う権限もない。原告は、本件取引以前にも、被告との間で、三年間にわたり、短期的な利益を求めて株式の信用取引を含む証券取引を反覆継続し、信用取引が極めてリスクの大きい投機取引であること並びに証券取引において元本保証や利益を保証した取引があり得ないことを十分知悉しており、株式相場に対する自らの思惑から、自らの判断で一億円を無担保で借り入れ、これを原資として本件取引を行つたものである。利益ないし損失保証の約束があれば、インデックスファンドの解約後も、原告と牛木が長期間にわたり多数回の信用取引を平穏に継続するはずはなく、原告は平成三年三月ころから初めて本件約定の存在を主張するようになつたものである。右解約の際、牛木は、原告に対し、相場で損をしたものは相場で取り返すしかないこと、証券会社の許された範囲内でのサービスとして新規公開株や新規発行の転換社債を提案することを説明し、原告もこの趣旨を理解した上で、大型株ではなく個別の材料株を中心として信用取引等を行うことになつた。これらは、取引の都度、原告の委託に基づいて行われた通常の証券取引であつて、被告が原告から取引について一任を受けたことはなく、原告との間で各取引の清算も異議なく完了している。

(二) 仮に、本件約定が合意されたとしても、利益ないし損失保証契約は、証券市場の正常な価格機能を歪め、その健全性と公正性に対する一般投資家の信頼を損なうものとして、法の下においては刑事罰をもつて全面的に禁圧されている(法五〇条の三第一項一号、二項一号、一九九条一号の六、二〇〇条三号の三)。したがつて、本件約定が旧法当時は有効であると解釈する余地があるとしても、現在では民法上も公序良俗に違反するものとして無効であり、被告において本件約定に基づき財産上の利益を提供することは、法五〇条の二第一項三号に違反し、刑事罰に該当する行為をすることに帰着するから、本件約定の履行を求める主位的請求は理由がない。

2  予備的請求について

牛木が、原告主張のような損失負担約束による勧誘及び特別の利益の提供を約しての勧誘をした事実のないことは前記のとおりであり、原告主張のその余の義務違反行為もない。本件の一連の取引は、既に長期間にわたる株式の信用取引を含む証券取引の経験を有する原告が自らの投資判断で行つたものであり、これによつて結果的に生じた損失は、何ぴとも予想し得なかつた平成二年初めから現在に至るまでの戦後初めての株式相場の長期的下落の反映に過ぎず、右損失が自らの意思で取引を行つた原告に帰属すべきは当然である。

四  本件の主な争点

1  本件約定の履行請求は法五〇条の三の規定に抵触しないか。

2  原告と被告との間で本件約定が合意されたか。

3  牛木の勧誘行為等が不法行為に当たる義務違反行為といえるか。

第三  争点に対する判断

一  争点1(本件約定の履行請求の当否)について

原告の主位的請求は、原告が、第一勧銀からの借入金一億円を原資としてインデックスファンドを買い付けた際、被告支店の従業員である牛木との間で、元本一億円及び右借入金の利息相当分以上の利益を被告において保証する旨の本件約定とインデックスファンドの解約金等の運用による株式等の売買を被告に一任する旨の本件一任取引約定を締結したとして、本件約定の履行を求めるものである。しかしながら、本件約定が存在したとしても、有価証券の売買その他の証券取引は、本来、相場の変動によつて利益又は損失を生ずる性格を有し、取引の損益は取引委託者に帰属すべきであるとの自己責任の原則に立つものであるから、証券会社が、顧客に生じた損失を補てんするため財産上の利益を提供する旨あらかじめ当該顧客に対して約束することは、安易な投資行動を助長し、証券市場における正常な価格形成機能を歪め、市場仲介者としての中立性及び公正性を損ない、ひいては投資者の証券市場に対する信頼感を失わせることになる。法五〇条の三第一項一号は、こうした観点から、有価証券の売買その他の取引につき、顧客に損失が生じ、又はあらかじめ定めた額の利益が生じなかつた場合には証券会社がその全部又は一部を補てんし、又は補足するために財産上の利益を提供する旨あらかじめ申込みあるいは約束することを禁止し、法一九九条一の六号は、右規定に違反する行為をした証券会社、使用人その他の従業者等に対し罰則をもつて臨んでいる。法五〇条の三の規定は、平成三年法律第九六号による改正により法五〇条の二として新設され、平成四年一月一日から施行されたものであり、原告の主張する本件約定は、右施行前にされたものであるが、旧法下におけるその効力はさておき、右施行後においては、法の右規定に抵触する利益ないし損失保証契約に当たるというべきである。したがつて、法五〇条の三第三項本文にいう「事故(証券会社又はその役員若しくは使用人の違法又は不当な行為であつて当該証券会社とその顧客との間において争いの原因となるものとして大蔵省令で定めるもの)による損失の全部又は一部を補てんするために行うものである場合」で、かつ、同項ただし書にいう「その補てんに係る損失が事故に起因するものであることにつき、当該証券会社があらかじめ大蔵大臣の確認を受けている場合その他大蔵省令で定める場合」でない限り、本件約定に基づく利益の提供を求める履行請求は禁止される筋合である。そして、省令四条は、法五〇条の三第三項ただし書の場合として、「裁判所の確定判決を得ている場合」を掲げるから、顧客が有価証券の売買その他の証券取引によつて生じた損失の補てん又は補足に代わる財産上の利益の提供を許容するためには、判決による場合であつても、この損失が、前記禁止の例外として法五〇条の三第三項本文及び省令三条が規定する事由によつて生じたものであること、すなわち「事故」に起因するものであることが前提となる。

二  争点2(本件約定の存否)について

1  前記第二の一の事実と《証拠略》を総合すれば、以下のとおり認められる。

(一) 原告は、石油の販売を目的とする乙山石油(資本金三〇〇〇万円)及び自動車の修理及び販売を目的とする丙川自動車(資本金三〇〇〇万円)の各代表取締役をしているが、被告支店との証券取引は、昭和五七年二月乙山石油名義で、昭和五八年一一月原告名義でそれぞれ株式の現物取引をしたことに始まる。そして、昭和五九年二月に原告名義で、同年一〇月には乙山石油名義でそれぞれ信用取引口座を設定し、原告名義では昭和六一年一〇月まで、乙山石油名義では昭和六〇年六月まで、一回一銘柄につき一千万円台の大口取引を含む多数回の株式の信用取引を反覆継続して行つた。通常の証券取引も、原告名義分は平成元年三月ころまで継続し、乙山石油名義分は転換社債の売買も含めその後も継続し、この間、乙山石油は、被告支店に対し五億円の資金運用を相談したこともあつた。

(二) 東京株式市場の市況は、平成二年初めから下降局面に突入したが、同年三月に原告の担当者となつた被告支店の従業員の牛木は、大手見込み客として、原告ないし乙山石油に対して証券取引の勧誘を始め、乙山石油は、外国株ファンドの取引(買付額二一五四万円余)やワラント証券の買付け(買付額一六三万円余)を行つた。被告は、日経平均株価に連動して基準価格が変動する投資信託としてインデックスファンドを扱つていたが、同年八月二日のイラクのクウェート侵攻に端を発した湾岸情勢の緊迫化、原油価格の急騰、先物取引に絡む解消売り等により、日経平均株価は急落を続け、三万円の大台を大きく割り込んだものの、こうした現象は不安心理が先行したものにすぎず、いずれ株式市場が落着きを取り戻した時点で反発急騰が期待できるとの判断から、インデックスファンドの推奨販売のキャンペーンを展開し、牛木にもその顧客獲得のノルマが課されていた。

(三) 牛木は、平成二年八月下旬、原告に対し、日経平均株価のチャート、インデックスファンドのパンフレット、受益証券説明書等を提示して、その買付けを勧誘したが、原告は応じなかつた。同月三〇日公定歩合の引上げが実施され、翌三一日には大手証券会社の株式部長による株式相場の底打ち宣言が出されたのを受け、牛木は、同年九月上旬に再度勧誘し、同月一〇日に日経平均株価が急騰して、翌一一日、不安心理が後退して投資信託等のインデックスファンド買いが株式相場を大きく押し上げ、今後は本格的な上昇が見込まれ、先物取引の買戻しが入れば急騰場面もあり得るとの新聞報道を機に、一週間という短期で利益を挙げることも期待できるとの相場感からインデックスファンド一億円分の買付けを熱心に勧めた。その際、原告は手持ち資金の欠如を理由に躊躇したが、牛木は、銀行借入れによる投資を勧め、さらに、新規公開株や新規発行の転換社債などのプレミアム商品を割り当ててフォローする旨説明するとともに、万一値下りしても元本及び借入利息相当分は被告において埋め合わせをする趣旨の本件約定に沿う説明もした。

(四) そこで、原告は、第一勧銀に対し、ある証券会社から短期でもうかる話が持ち込まれており、リスクは証券会社が大丈夫と言つている旨説明して、一億円の短期融資を打診し、借入期間を一〇日とする無担保融資を受けられる目処がついたため、原告名義でインデックスファンド一億円分を買い付けることになつた。平成二年九月一二日、一六三〇〇万口(基準価格五九七七円)を代金九九四三万二〇五七円で買付約定をした上、同月一七日、第一勧銀から手形貸付により無担保で借り受けた一億円を被告に振込送金してその受渡をし、次いで、同月一九日、基準価格は五六五四円に値下りしていたものの、一億円の枠内で九〇万口を代金五一万九三四二円で買付約定をし、同月二五日その受渡をした。

(五) しかし、一般の予想に反し、株式相場が更に下落したため、原告は、第一勧銀との間で前記借入金の借入期間を延長し、インデックスファンドの評価損の回復策を牛木に相談した結果、平成二年九月二〇日、これを代用証券として株式の信用取引を始めることとし、改めて信用取引口座を開設した上、神戸製鋼所株二万株の買付けを始めとして、信用取引を反覆継続した。日経平均株価は、同年一〇月一日二万円の大台を割り込んだが、大蔵省の株価テコ入れ策により反騰したのを機に、原告は、牛木の勧めにより、いわばインデックスファンドの難平買いとして、同月八日、株価指数オプション取引を始め、その後、牛木の上司である被告の営業次長大和田正也(以下「大和田」という。)に対し、従前の経緯を説明し、延滞扱いされている前記借入金の手形書替のため被告が利息を支払うよう依頼した。そこで、被告は、第一勧銀に照会した上、同月三一日、利息相当分として一〇〇万円を第一勧銀の原告の預金口座に送金し、原告は、前記インデックスファンド九〇万口を代金五三万九九一〇円(基準価格五九九九円)で売却して利益を生じた。

(六) 原告は、その後の株式市況の変化に応じ、牛木の勧めに従い、信用取引で買い付けた大型株の損切りをして態勢を立て直すこととし、平成二年一一月一三日、前記インデックスファンド一六三〇〇万口を解約して、右解約金九三〇五万六七〇〇円(基準価格五七〇九円)を損金に充当し、その残余等を原資として、牛木の勧誘に従い、株式の信用取引及び現物取引のほか、平成三年五月に店頭取引及びワラント取引(国内新株引受権証券及び外国新株引受権証券の取引)につき顧客の判断と責任において行うものであることの各確認書を差し入れて当該取引を始め、さらに、同年六月には外国証券取引口座を設定してその取引も行つた。これら取引については、原告は、被告から取引報告書等の交付を受けたが、その内容自体について異議の申立てをしたようなことはなく、信用取引の清算書、残高照合書等にも異議なく署名捺印をした。

(七) この間、株式市況の悪化により、平成三年五月ころには、当初元本の半分程度まで割り込み、第一勧銀から借入金の返済を求められた原告は、同行担当者と同道して、牛木及び大和田に対し、改めて本件約定の存在を説明し、その履行を求めた結果、金利変動に応じた利息相当分を被告が引き続き負担することになつた。そこで、原告は、第一勧銀に依頼して手形を書き替え、さらに、同年九月及び同年一二月にも、被告に対して本件約定の履行請求をした上、手形の書替をした。その後、被告は、平成四年二月分までの利息相当分を原告に送金したが、やがて本件約定の存在そのものを否定して原告と対立するようになり、大和田の勧誘により新規公開株や新規発行の転換社債などのプレミアム商品の買付けをしたものの、一向に株式相場が回復しないため、原告は、平成四年三月三〇日、被告に手仕舞を指示し、預託株券等を全部売却するに至つた。

2  右認定のとおり、原告は、平成二年九月に一億円分のインデックスファンドを買い付ける以前にも、数年間にわたり、株式の現物取引のほか、一回一銘柄につき一千万円台の大口取引を含む多数回の信用取引を反覆継続していたのであるから、株式投資及び信用取引の仕組み、さらには、投資信託は元金が保証されていないのが通常であることなど証券取引について相当程度の知識、経験を有していたものと考えられる。また、《証拠略》によると、平成元年一二月、大和証券が過去に一部大口投資家に対して損失補てんをしていたことが発覚し、大蔵省は、同社に対する行政処分を行うとともに、日本証券業協会に対し、法令上の禁止行為である損失保証による勧誘や特別の利益提供による勧誘等を厳に慎み、証券会社の営業姿勢の適正化及び証券事故の未然防止を図るべき旨の通達(平成元年一二月二六日付け証券局長通達)を発したこと、さらに、平成二年七月下旬、被告会社を含む十数社の証券会社が昭和六二年一〇月の株価暴落の際に巨額の損失補てんをし損金処理をしていたとして、国税局による更正処分が行われる旨新聞等で大きく報道されたことが認められる。こうした点からすれば、原告は、インデックスファンドの買付けに当たつて、その主張するような利益ないし損失保証契約が正常の取引とはいえないとの認識を有していたものと推認される。

しかしながら、前記認定事実に照らすと、当時、被告は、株式市況の反発急騰を期待して、インデックスファンドの推奨販売のキャンペーンを展開し、原告の担当者である牛木にも顧客獲得のノルマを課していたのであつて、牛木は、原告が手持ち資金の欠如を理由に躊躇するにもかかわらず、なおも銀行借入れによる買付けを熱心に勧め、本件約定に沿う説明をした結果、原告において右買付けを決意したものである。また、第一勧銀としても、わずか一〇日間の短期融資であるとはいえ、一億円もの手形貸付を無担保で実行するについては、リスクは被告が負う旨の原告の説明を受け、原告と被告との間に本件約定が存在することを融資実行の暗黙の前提としていたものと認めるのが相当である。このことは、その後、第一勧銀が、再三にわたり、一億円の貸付けに対する利息相当分を被告が支払うことを前提に貸付期間延長のため手形の書替に応じ、現に、被告が約一年四か月間の利息相当分を負担支出した経緯からも窺うに足りる。もつとも、《証拠略》中には、牛木は、原告に対する勧誘の際、証券会社が利益ないし損失保証を行う訳にはいかないことを前置きした上、一般に利益が出ることが多いため人気があり入手しにくいプレミアム商品を紹介することでフォローしたいと説明したにすぎず、本件約定は原告が平成三年三月ころから初めて言い出した旨の記載及び供述部分もあるが、右にみた被告の対応等にかんがみると、甚だ不自然かつ不合理といわざるを得ず、たやすく信用することはできない。

以上のような点を総合考慮すると、被告は、遅くとも、利息相当分を原告に送金して最初の手形書替をした平成二年一〇月末日ころには、原告との間で本件約定を合意したものと認めるのが相当である。

3  そこで、進んで、原告主張の損失が、法五〇条の三第三項本文及び省令三条にいう「事故」に起因するものであるかについて検討する。

(一) 原告は、本件約定の原因となつた牛木の勧誘行為が、断定的判断の提供による勧誘(法五〇条一項一、二号)、損失負担約束による勧誘(旧法五〇条一項三、四号)、特別の利益の提供を約しての勧誘(法五〇条一項六号、旧法五〇条一項五号、省令二条二号、平成三年大蔵省令第五五号による改正前の省令一条二号)であつて、省令三条五号にいう「法令に違反する行為」に当たる旨主張する。

しかしながら、この五号にいう事故としての法令違反は、詐欺、業務上横領その他の刑法違反のほか、その他の法令違反をすべて包含するものでなく、自己責任の原則に照らしその損失を顧客に負担させることが不当であるような法令違反、すなわち、顧客の意思内容と取引内容との間に齟齬が生ずるような法令違反であつて、一号から四号に規定する事由に該当しない場合を概括的に規定したものと解するのが相当である。牛木が、インデックスファンドの売付けに際し、利益ないし損失保証契約に当たる本件約定をもつて勧誘したことは、前示のとおりであるが、法五〇条の三第一項一号により禁止されている損失補てんの約束を履行しないことをもつて五号にいう法令違反に当たるとすると、法において禁止した事由がすなわち禁止解除の事由になるという背理に陥るから、牛木の前記行為を五号にいう法令違反行為ということはできず、右主張はそれ自体失当である。また、牛木において、新規公開株や新規発行の転換社債を割り当ててフォローする旨勧誘した点も、直ちに、特別の利益の提供を約しての勧誘には当たらないし、右同様の理由から五号にいう法令違反に当たるともいえない。

さらに、原告は、断定的判断の提供による勧誘を主張するので検討するのに、大手証券会社の株式部長による株式相場の底打ち宣言が出された後、日経平均株価が急騰し、不安心理が後退して、今後は株式相場の本格的な上昇が見込まれ、先物取引の買戻しが入れば急騰場面もあり得るとの新聞報道を機に、牛木において、一週間という短期で利益を挙げることも期待できるとの相場感からインデックスファンド一億円分の買付けを熱心に勧めたこと、しかるに、その後の株式市況は、右期待に反する経緯をたどつたことは、前示のとおりである。しかし、牛木が、右勧誘の過程において、更に進んで、原告主張のように「絶対値上り間違いない」「被告会社全体でフォローするので迷惑を掛けるようなことは絶対ない」などと必ず利益が得られるかのような発言をしたとの点については、それに沿う《証拠略》も見られるが、反対趣旨の《証拠略》に照らして、なお信用性に疑問の余地があるのみならず、右の趣旨に受け止められかねない発言をしたとしても、原告の前記のような職業、投資経験等にかんがみると、原告が右発言にのみ左右され、唯々諾々とインデックスファンドの買付けに応じたものとはにわかに考え難く、牛木において、原告の投資判断の正しい形成を妨げ、その意思内容との齟齬を招くような断定的情報を提供したとまでいうことはできない。

なお、原告は、牛木が本件一任取引約定を合意させた点も指摘するが、一任勘定取引であれば、この約束に基づく取引によつて損失が生じたとしても、取引内容において顧客の意思内容と齟齬するものではないから、五号にいう事故としての法令違反ということはできない。

(二) 省令三条三号は、有価証券等の性格、取引の条件、有価証券の価格の騰貴若しくは下落等について顧客を誤認させるような勧誘をすることを掲げているところ、原告が株式の信用取引、ワラント取引、店頭取引等の開始時における牛木の説明義務違反をいう点は、かかる誤認勧誘を主張する趣旨とも考えられる。そして、財団法人日本証券業協会の規則において、信用取引、ワラント取引及び店頭取引の開始に当たつては、投資者の意向と実情に適合した投資勧誘を行うべく(いわゆる適合性の原則)、顧客に対して所定の説明書を交付し、当該取引の内容を十分に説明し、顧客の判断と責任において当該取引を行うものであることの確認書を徴すべきものとされ(規則九号五条、六条、規則一号三六条、三八条)、外国証券の投資勧誘に当たつても右同様のいわゆる適合性の原則が定められ(規則四号五条)、投資信託取引に際しては受益証券説明書の交付義務が定められている(投資信託法二〇条の二第一項、同規則一一条一、二項)。そして、原告が店頭取引及びワラント取引を開始するに当たり右のような確認書を差し入れたこと、牛木がインデックスファンドの買付けの勧誘に際して受益証券説明書を提示したことは、前記認定のとおりであるが、牛木がその余の規則所定事項をどのように具体的に履践したかは、本件全証拠によつて必ずしも明確ではない。しかし、省令三条三号にいう誤認勧誘に当たるか否かは、規則が定める事項の履践の有無という形式的観点からだけではなく、当該取引の一般的な危険性の程度及び周知度、顧客の投資経験、投資目的、財産状態等の具体的事情に照らして判断すべきところ、この点に関する前記認定事実のほか、原告は、右取引について被告から取引報告書等の交付を受け、その内容自体について異議の申立てをせず、信用取引の清算書、残高照合書等にも異議なく署名捺印をしていることなどにかんがみると、原告が、牛木の勧誘行為により、これら取引の仕組み、性格等についての正しい認識の形成を妨げられたものと断定することは困難というほかはない。

(三) そして、省令三条一、二、四号に該当する事由については何ら主張・立証がないから、以上によれば、原告主張の損失は、法五〇条の三第三項及び省令三条にいう「事故」に起因するものということはできないのであつて、結局のところ、平成二年初めから下降局面に突入した東京株式市場の市況が本格的に反発上昇するとの一般の予想に反して、その後も下落の傾向をたどり、これが株式相場の急騰による短期間の利益を目的としたインデックスファンドの買付け、更には、その評価損の回復策として始めた信用取引等に直接反映され、裏目に出た結果にほかならない。

4  そうすると、本件約定の履行を求める原告の主位的請求は、理由がないことに帰する。

三  争点3(不法行為に当たる義務違反行為の存否)について

1  証券取引が、本来、いわゆる自己責任の原則に立ち、投資者の責任と判断の下に行われるべきものであることは、前述のとおりであるが、証券の価格変動要因は極めて複雑であつて、その投資判断には高度の分析と総合能力を要するため、顧客とりわけ一般大衆は、証券取引の専門家として証券市況等に関する高度の情報を把握している証券会社等の助言ないし勧誘指導に依拠して投資判断を行うのが通常であり、他方、証券会社の営業成績の伸長もこのサービスいかんによるところが大きい。したがつて、証券会社の勧誘ないし助言指導が過熱することも避け難い傾向にあるところから、かかる立場にある投資家の保護を目的として、証券会社又はその使用人は、顧客の正しい投資判断を歪め、あるいは、社会的相当性を欠く手段又は方法により不当に当該取引への投資を勧誘するような行為を回避すべき注意義務を負つており、これに違背したときは、具体的事情により、民法上の違法な義務違反があつたものとして、証券会社が不法行為責任を負担することもあり得るところである。そして、その判断に当たつては、法及び省令並びに財団法人日本証券業協会規則等が定める法規ないし準則の適合性のほか、当該取引の性格、投資者の職業、投資経験、投資目的、財産状態その他の具体的事情を総合考慮して決すべきものである。

2  そこで、まず、原告主張の不当勧誘の禁止違反の点についてみるに、牛木が、インデックスファンドの売付けに際し、利益ないし損失保証契約に当たる本件約定をもつて勧誘し、これが旧法五〇条一項三、四号にいう損失負担約束による勧誘に当たることは、前示のとおりであるが、本件約定が合意された旧法下においては、右勧誘によつてされた取引委託契約も、一般にはその有効性が肯定されていたところである。もつとも、手持ち資金の欠如を理由に躊躇する原告に一億円もの銀行融資を原資とする取引の開始を決意させるについては、本件約定をもつてする勧誘が重要な役割を果たしたことは容易に推認し得るところであつて、この点に本件の特色を見い出すことができる。しかしながら、右のような巨額の資金の投入も、結局は、株式相場の急騰を見込み一週間ないし一〇日の短期間で利益を挙げるという、極めて投機性の高い投資目的に出た原告自身の投資判断に依拠するものであり、日経平均株価に連動して基準価格が変動する投資信託であるインデックスファンドの性格、当時における一般的な株式市況の見通し、原告の職業、投資経験、従前の一連の取引によつて示されたような財産状態その他の前示具体的事情に照らすと、民法上の違法な義務違反行為であると断定し得るほどに社会的相当性を欠く手段、方法による不当な投資勧誘であるということはできない。また、原告が主張するような断定的判断の提供による勧誘及び特別の利益の提供を約しての勧誘ということもできないことは、前示のとおりである。

3  さらに、原告は、被告がインデックスファンドをキャンペーン銘柄として大量推奨販売した点をとらえて、法五〇条一項五号、規則九号八条の禁止規定に違背する旨主張するが、これらは公法上の取締法規ないし営業準則であるから、その違背が直ちに民法上の違法な義務違反と評価されるものではない。また、原告主張の説明義務違反の点については、前記説示のとおり、原告が、牛木の勧誘行為により、取引の仕組み、性格等についての正しい認識の形成を妨げられたものということはできず、一任取引の制限違反をいう点も、前記認定事実に照らすと、原告と被告の間で原告主張の本件一任取引約定が締結されたものとはいえないから、その前提において失当である。そして、原告が主張する過当売買等の禁止違反の点についてみるに、以上の認定判断からすれば、被告が、原告主張のように、手数料稼ぎを目的とし、原告の意向及び利益等を一切無視して、いわゆる誠実公正義務や適合性の原則に著しく違背する不適合な規模、程度の取引を行い、これが民法上の義務違反行為に当たるとまでいうことはできない。

4  そうすると、不法行為に当たる牛木の義務違反行為を前提とする原告の予備的請求も理由がない。

第四  結論

以上の次第で、原告の請求は、いずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 篠原勝美)

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